誰でもガウス、オイラーに成れる。
ひらめき、着想を安易に放棄しないことだ。
発展させることだ。着想が山積みになったら課題をメモにとるぐらいはしておこう。
自分の記憶力を過信してはならない。
私の経験では記憶塊において、3塊ぐらいは記憶していても、その内の一塊くらいは一時的にせよ忘れてしまう。
記憶を増やすと漸次忘れてしまう。
残念に思うことさえある。
ひらめき、着想を発展させるとき希望の灯りが見えてくる。
ガウス、オイラーも自身を天才とかは意識していないだろうと思う。
ひらめき、着想を発展させていると膨大なデータ量になり、混沌としてくる。
それこそ勿体ない限りである。
着想に至った、着想を発展させている人のこの時を、第三者の方は阻害因子になってはいけない、あるいは摘み取ってはいけない。
パクリなんて以ての外である。
天才と非天才とは紙一重にして、しかも連続している。
哲学することを忘れた大人、つまりおっさん、おばはんほどつまらない、貧しい者はいない。
No.1494
何せ今の日本って、怖いくらいの平等意識が蔓延っていて、競争することが悪とする風潮さえ、一部にあるように感じます。
突拍子もない発想をすると、それを良しとしないような風潮も...。
アイディアを摘み取って成長させない風土が、まだ残っているのかも知れません。
日本からiPhoneが生まれなかった理由はそれなのかな、って書いていて思いました。
平等意識を持とうとしている一方で格差意識、差別意識も増長しょうとしている。何かの因縁で固まろうとしている。排他的風潮も見られる。
私の場合では、スポーツは余りやらなかったし、参加意欲も持たなかった。
それでグループ行動もしなかった。部活なんてやったこともない。
何だか別世界の人たちを見ている感じでいた。
それは今も変わらない。
No.1498
私はスポーツと言っても、テニス部でしたので、戦術とかチームワークと言う部分の発達が不十分だったかもな、と思うことも...(^_^;)
とは言え、スポーツを通じて得た教訓、体験と言うのは非常に大きく、後々の研究者生活に多大な影響を与えたのは間違いありません。
何せ世間ってのは、そもそもでっかいグループで存在しているので。
まぁ、ヤレ派閥だの、なんだのと、要らぬストレスも生じるものですが、マイナス面よりもプラス面の方が多いように感じます。ま、人は一匹狼では生きられませんし。
No.1503
一人でなんでもしたがる...と言うか、一人でなんでもできていると思い込んでいる人、と言う意味で書きました。
結局の所、社会と言うのは相互に多かれ少なかれ影響し合っていて、好きなことも嫌いなことも複雑に絡み合っていると思うんですよね。経済って、正にそうじゃないですか、巡り巡って良い景況だったり、悪くなったり...。
お高い影響し合っていることに感謝しないと。
一匹狼も悪くはない。
一匹狼で居られるならば。
自信と実力の現れならば。
仲良くやってるなんて聞こえはいいが、大抵は非実力者に過ぎない。
No.1507
一匹狼でいられるなら、悪くはないと思います。あくまで、そういられるならと言う不可能と断言できそうな大前提での話ですけど。
経済と言うのは、お互いに影響し合い、助け合ったり、時には悪い影響も及ぼしつつ、循環しているものです。
誰かがつくった農産物を、誰かが運んでくれて、誰かが店頭に並べてくれたスーパーで購入する...やっぱり、一匹狼なんて成立しませんよね。
真の自身と実力があるなら良いですが、見た目だけ、プライドだけの"ナンチャッテ"だとすると、悲しいを通り越して空しいだけです。